日記

日々の記録、雑文、文章の練習などです

湯河原の聖地、パッキーボウル

Googleマップにある湯河原パッキーボウルの写真を見たことがあるでしょうか。

外国人モデルが佇むファッションフォトが載っている。

某ファッション誌がプラダのシューティングでここをロケ地に使ったようだ。

このボウリング場に出入りするような層がこんなファッション誌を読むのだろうか?まあ写真を見ればすぐにパッキーボウルだ!と気づきはするだろうけど……と思いながら写真の投稿者を見たら「湯河原パッキーボウル」となっていた。ロケ大歓迎といういうことか。

だったら行かせてもらおうじゃないの、ロケハンに。

そう思って5年ほど前、熱海旅行を兼ねてお邪魔したけれど、未だロケのチャンスは巡ってこない。コロナ禍以降、遠方へロケに行くなんて仕事すっかりなくなってしまった!

(ロケ大好きなのでとても寂しいです、、お仕事お待ちしてます)

 

熱海旅行に行くことにしたきっかけは、仲良しのフォトグラファー奥川さんと作家のあさこさんが湯河原で展示をしていたからだった。

世の中はコロナ禍第一波の直後だったか、GO TO トラベルキャンペーンを謳っていた。

 

海沿いのドライブ、珍妙な観光スポット、昭和ゴージャスなホテル、楽しいトランプ大会。

そんな前の日の余韻を引きずりながらのGO TO湯河原。

素敵な展示を見たあとに念願のパッキーボウルへロケハンへ向かった。

 

入り口にバラ、もう最高🌹。

昭和のガラスシールは結構見てきているけどこのデザインは見たことないと思う。

まずはここへモデルに立ってもらって撮ります(予定は未定)。

 

ストライプ柄の壁紙&かわいいアーチドアの向こうに見える緑とオレンジのロッカー。

この入り口にもモデルに立ってもらって撮影するつもり。アーチ部分に手を添えるのもいいですね(予定は未定)。

 

外にもある。かわいい。

このロッカーがあることによってよりポップに彩られているのです。

番号の書体もいいよね、あと手前のボウルの数字「6」か「9」か判別できるようにアンダーラインを引いているのも好きです。

もちろんここでも撮りたい。ていうか某ファッション誌も撮ってた。撮るよね。

 

椅子も良い!

パッキーボウルの椅子は丸い座面の双子タイプ。オレンジってのがいいよねえ、ロッカーの色とあっています。

レーンの方はお客さんが結構いたので椅子だけを撮れなかったけども、ロッカー、ボウル、椅子をいっぺんに撮れたので喜ばしい(自己満足)。

 

ピンデッキの上のパネル?(ここなんて名前なの?)はブランズウィックのもののようです。キラキラ模様が超かわいい✨✨

(このパネルに社名が入っていたのでブランズウィックという会社がボウリングのものを作っていると知れた、ありがとうございます)

 

そしてこのとてつもなくかわいい階段ですよ。

赤い手すりとくるんと曲線を描いた白い柵の螺旋階段がおしゃれ。

そしてピンクのストライプに沿うような細長いフィックス窓……なんてスタイリッシュなんだ!

高所恐怖症なのに、螺旋になってると上から覗き込んで撮りたい。

一番下の階の床が黄色のPタイルで差し色っぽくも見えませんか。計算されてるなあ。

 

これは受付カウンターの上のアクリルパネルの装飾。なんでこんなかわいいことしちゃったの、こういうアミューズメント施設の遊び心って時代のセンスが出ますよね。

 

そもそも湯河原パッキーボウルの運営ってどんな会社がやってるんだろ、と思ってサイトを見てみたら、制作会社や不動産とかもやってるらしく、それで撮影予定のないロケハンをしたがるワケがわからない奴にも懐が深いのか〜と納得です。ありがたい!

 

キャッチコピーが「創業昭和41年、ネット広告代理店、WEB制作、湯河原の不動産・ボウリング」ですよ。

ボウリング場ってパチンコとかゲームセンターとかを運営している会社がやっているケースが多いのですが、なんだかちょっと意外な組み合わせ。

行った時は気づかなかったんだけど、facebookに載せてあったロゴもキュート♡

それにしてもご厚意でこんなにたくさん写真を撮らせてもらいましたが未だに撮影は実現していません。すみません。早くパッキーボウルでロケをしたい。

もちろん、ボウリング修行にも行きます!

池袋で火鍋のあとはロサボウルへ

昔の職場の先輩方(僭越ながら今は完全に遊び友達と思っています)と新年会で池袋に火鍋を食べに行った。

私は火鍋が大好き。6年くらい前にめちゃくちゃハマって胃を悪くするくらいの頻度で食べていたことがあるくらい。もうそんな無茶はしませんが。

できれば大好きな東新宿の麻辣TANへ行きたかったけど、予約が取れなそうなのとガチ中華人気で火鍋屋もたくさん増えているので、新たないい出会いを求めて池袋のガチ中華へ。場所はかわいいロサ会館のすぐそばです。

 

熊型に固めた辛味成分に食品サンプルの麺を添えるという独特の盛り付けをするガチ中華店でしこたま食べた後、



「ボウリングしましょうよ!」と提案したら、懐の深い先輩方は面白がって快諾してくれた。

 

ロサ会館は映画館と1階の洋食店「チェック」くらいしか入ったことがなかったので、いいビルの中に入るという意味でもわくわくした。

7階にあったロサボウルは思ったより狭めだったけど「2フロア28レーン」ということなので、もう1フロアあったようだ。

ロサボウルで一番ときめいたのはオートスコアラーなるマシン。80sの宇宙船ぽくてかわいい! ブラウン管が埋め込まれていて、懐かしのファミコンゲームみたいな画面表示なのです。

やっぱりボウリング場ってスペイシー。

 

あと、レーンの横に飾ってあった蛍光色のイラストパネルもかわいかった。誰の作品なんだろうか。グッズとかないのかな。

都会の中の現役バリバリなボウリング場だけあって、ベンチは新しいウッド×黒い座面だった。残念。オートスコアラーだけでも残してくれててありがとう。

だけど貸し出しているボウリングシューズが黒一色だったので、座面と合っててかっこいい感じでした。黒一色のボウリングシューズは初めて見た。

 

先輩方は「ボウリングなんて超久しぶり、何十年ぶり〜」と楽しそうだった。

私より5~7歳年上の、何十年もボウリングをやってない人らと、それに比べたらそこそこボウリングをやっててつい最近もボウリングをしたばかりの私……もしかしたら今日初めて1番スコア取っちゃうかも⁉︎ とひそかに期待していた。いつもビリなのでたまにはそういう喜びを味わってみたい。

ところがどっこい、謎にボウリングの才能を発揮する高城さんと山下さん。ふたりとも、運動神経いいもんね……。

最初偉そうに「ボウルのMとかLは穴のサイズなんですよ!」とか教えてしまったのが恥ずかしい。

高城さんなんて素人目に見てもフォームもきれいだし、そっと優しく置くようにボウルを投げるのにスピーディーにレーンを走りストライクを連発、かっこよすぎ。惚れ惚れする。自分でも気づいてなかった才能をいきなり発揮してしまうなんて、漫画でしかみたことない設定なんですけど。

 

頼みの綱(?)の吾妻さんは私と同じで力がなく、ひょろろろ〜と転がして即ガーターになる。仲間がいて嬉しくなり「両手で投げるのが合ってると思いますよ!」と前に能町さんにもらったアドバイスを偉そうにしたら、それなりにピンが倒れるようになってしまった。しまった、教えるんじゃなかった。

私も負けじと両手投げてもどちらかの手に力が入ってしまうようで、すぐガーター。片手で投げてもすぐガーター。両手投げも才能がいるのか。

 

そんな私を見兼ねて、調子を掴んだ高城さんと山下さんが手首を正面にして投げろ、とか視線を落とす位置はこの辺がいいとかアドバイスをくれて、だんだんピンが倒せるようになった。こんな光の速さで名アドバイスまでできるようになるなんて、まじでなんなの?天才なの?

 

結果は大接戦ののち3点差で吾妻さんに勝利。ビリじゃなかったので快挙です。

 

先輩方はかなり楽しかったそうで、2位だった山下さんは「次みんなでやるときまでに闇練する!」とまで言っていた。すごい情熱。さらに吾妻さんと高城さんはソックスまで買っていました。ちょっとかわいい。



あとスコアシート?にプリントしてあったロカビリーなカップルのイラストもキュート。だけどかわいいけど小さすぎて見えにくいしもったいないよ〜。

 

西新井シルビアから青戸ボウルへ

新年早々、ビル友達のマニアパ夫妻とステさんで行ったことのない街散策をした。

西新井のシルビアがもうすぐ閉店と聞いて、私とステさんは年末年始にシルビアで待ち合わせて散歩した思い出を辿りに行くことになり、マニアパ夫妻を誘ったら来てくれたので楽しく充実の散策となった。

しょっちゅう行っていたわけではないけど大箱喫茶の閉店はさみしい。

 

寒空の下、西新井→小菅→堀切菖蒲園駅とよく歩いた。

サムソン高橋さんから「ピンクと紫の塗料は他に比べて安い」という話を聞いてしまっていたので、やたらピンクと紫に塗り直した建物が目についた。ゆめかわカラー、足立区一部で人気。

 

午前中に待ち合わせてお昼をシルビアで食べて散歩し始めたけど、トイレを探したりなんだりで途中の商店街を1.5往復したり、なつっこい猫に夢中になったりして、堀切菖蒲園駅に着いた頃にはもう夕暮れ時だった。

堀切菖蒲園駅周辺はお店が結構あって、賑々しく楽しそうな雰囲気だったが、三が日だったためチェーン店と煎餅店と赤札堂以外は大体閉まってて、残念。再訪を誓った。

すっかり冷えたし、ちょっと小雨がパラリときたし、暗くなりつつあったので京成線に乗って青砥駅へ向かう。青砥駅にある青戸ボウルへ行きたかったからそこをゴール地点としていたのだ。

 

このブログを書くために正式な名前をググったら「青戸ボウル」と「葛飾ヤングボウル」が出てきた。住所は同じ、どういうこと???

と思ってさらにググったら、もともと「青戸ボウル」があったけど閉店してしまって、居抜きかなにかで「葛飾ヤングボウル」がオープンしたということらしい。

news.yahoo.co.jp

 

ボウリングカルチャーが元気!いいね!

それで中はどんな感じなんでしょうか?

 

私が好きなボウリング場は下記のような感じのところ。

・ボウリング場のロゴが立体的で洒落ている、ピンやボウルと絡ませたデザインだとなおよし。

・プラスチック製の70sライクな椅子があるところが好ましい。

・照明が凝っていると最上級、ボウルを思わせる丸みのあるシェードだと最高!

・床やロッカーがカラフルに彩られている。

・元気がみなぎってくる壁画がある。

・ピンが並んでるところの上の部分(あそこなんて名称なんですかね?)のデザインが洒落ている。

などなど、ボウリング場のどことなくアメリカンポップなノリとかガラパゴス的に進化した70sレトロフューチャーな雰囲気がたまらないわけです。

だいたい丸い穴が空いてるボウルがキュートだし、鮮やかな色やサイケなマーブル模様のものが多くてかわいい。

 

そんなわけで、散歩や旅行に行った先にボウリング場があったらなるべくチェックし、時間が許せば1ゲームして行くので、運動音痴の割にまあまあボウリングはしてる方。

だがしかし、本当に本当に下手っぴで、一向に上達しないのだ。

 

青戸ボウルでももちろんビリだった。

序盤からマニアパさんは圧倒的にうまくて、ストライクやターキー連発で優勝確定。

リカさんステさん私がだいたい横並びであった。なんなら私がちょっとリード気味だった気がする。自分に合うボウルがよくわからず、軽くしたり穴のサイズを試したりしているうちにリカさんステさんが巻き返し、私はだんだん疲れてしまいガーター連発。ビリだった。

 

ボウリング場を楽しんでるわけなので別にいいんだけど、あまりに下手で切なくもなる。

この日は隣で投げていた男性二人組のうちの1人が、ものすごく力強く投げるのに派手にガーターしまくってて勇気をもらった。

 

ところで青戸ボウルはかなりかわいいポイントが多く、ボウリングシューズと床のPタイルの色がマッチしてるところや、トイレのタイル、階段の丸いえぐれとかまでいい感じで見応え抜群のボウリング場だった。

 

 

www.instagram.com

(かわいすぎてインスタに投稿した)

 

今年の目標は「ボウリングが上手くなるくらいたくさんやる、そして痩せる」に決めました。

ちなみに、ボウリングにダイエット効果はあんまりなさそう。

田舎の奥地で叫んだ日

年末なので帰省している。

実家にいると(とうか田舎だからなのかも?)雑事が多くていろんな物事がスムーズに行かない。

昨年末、父親が亡くなって来年は喪が明けた正月ということで、母親一人何かとやることが多いみたいで、この様々なあれこれを母親が亡くなったら私と兄がやらなきゃいけないのか・・・と思うと「無理!」という気持ちでいっぱいになる。

 

コンパクトなようで満遍なく!で、おなじみ田舎の人間関係は、人が死んだ時に一番実感する。

父親が死んでもう一年も経つのに、はるか昔生まれ育った地域のお年寄りが「死んだこと知らなくて、今更ごめんよ」といまだに香典をいただく。ありがたいけどそんなに気にしなくていいのに!

 

父親の生まれ育った地域の、ちょっと奥地に住む一族のおばあさんが、父親の死を最近人伝に聞き、人伝に香典をくれるので、母親と一緒に香典返しを持って行くことになった。

その一族が住む場所は小さな川と滝壺があって、そこへ幼い頃に父親に連れられて水遊びに行ったり、飼ってる牛を見に行ったりしていたので、なかなか懐かしくテンションが上がった。

 

少し雑然とした畑やトタンが剥がれて土壁が剥き出しになった倉庫を見て、30年以上の時間の経過を感じながら、ふと本家の玄関に目をやるとお婆さんが猫と一緒にこちらを眺めていた。香典をくれたお婆さんが住むのは本家の先にある一軒家なので、簡単に挨拶して先へ進んでいった。

本家と目的の家の間に牛小屋があるのだけれども、小さい頃に3頭くらいいたはずの牛はもちろんいないし、崩壊しかけた牛小屋は随分小ぢんまりして見えた。

若い人がいないと建物を維持するのは難しいな…と思いながらその先にある一軒家を見ると、どう見ても空き家の趣き。

私はよく地元の空き家情報サイトを見るのだけど、そこに載ってませんでしたっけ?っていうくらいの空き家然とした佇まいだった。

どこらへんが空き家っぽいのか、ポイントをざっとあげると、

・ブロック塀を取り壊している

・どの窓も雨戸が半分とか半端に閉まっている

・鉢植えが枯れてひっくり返っている

・掃き出し窓の下に丸まった謎毛布が置いてある

・玄関のブラケットがあったであろう場所に、なにもない

・というか呼び鈴とかもない

・家の中が妙に暗い

などなど、とにかくシン…としていて、人の気配がないのだ。

仕方ないので入り口に杖とシルバーカーはあるけど「出かけてそうだから本家のおばあちゃんに伝言をお願いして帰ろうか」と、本家まで戻った。

すると本家のおばあちゃんは「シルバーカーがあるなら絶対に家にいるはずだから声をかけてみて」と言う。「耳が遠いだけだから、せっかく来たんだし会って行って」と言われるので引き戻さざるを得ない。

玄関に座るおばあちゃん越しに、ズボンを履いていないおじいちゃんが椅子に腰掛けて来客を全く気にせず遠い目をしているのが見えて、老老介護暮らしを垣間見た。

 

本家のおばあちゃんに応援されてしまった母親は、分家に戻って「こんにちは〜、おーい、おばちゃん〜」と一生懸命声をかける。客観的に見て「空き家に向かって親しげに声かけしている老婆」というこのシチュエーション、我が母親ながらなんか心配になる!

しかし母親は、田舎特有の垣根の低さでガンガンいく。

玄関ドアを開けようとして「あら?開かんね〜」と言っているけど、それは鍵かけて出かけてるからでは?出直そうよ、と言っているのに勝手口にまわって窓(版型ガラス)から中の様子を伺って「電気が点いてるからいるはずだ」と勝手口のドアを開け「こんにちは〜!」と呼びかける。しかし全く返答はない。

声の大きな私が声掛けしろ、というので、家の中を覗きがてら

「こんにちは〜〜〜〜〜〜!!!!ごめんください〜〜〜〜〜!!!!!」

と声をかけてみるも、全くの無音。世にも奇妙な物語で人のいない世界に来てしまったのかってくらい無音。

勝手口を開けてすぐに「超熟」の袋に入ったパンが床に置いて(落ちて?)いるので、パンを焼こうとして神隠しにでもあったのではないか、という雰囲気に満ちている。

それにしても、パン以外は全く生活感がない台所である。かつて生活感はあったけど……というのが正しい感じ。

 

電気は点いてて鍵がかかってないのに、何度呼んでもまったく気配がないので、私はだんだん「中で倒れているのでは?」と心配になってきた。

母親も諦めがつかないようでもう一度窓から中を覗いたり玄関ドアをガタガタ開けようとしている。しかし改めて家の周りを見ても、もう人が関わらなくなって随分経っている建物にしか見えない。

玄関に鍵がかかっているのかと思っていたけれど、単に立て付けが悪かったようで、力を入れてドアを引くと、ガラガラと玄関が開いた!

 

「ごめんください〜こんにちは〜」

ほんのり独特の匂いがただよう家の中は、相変わらず薄暗く無音である。

完全に空き家では?と思っていたら、母親が

「あっ、足が見える・・・」

と玄関から続く部屋のドアを覗き込んだ。

「おばちゃん!おばちゃん!!」

と話しかけているのに全く返事がない。

私は玄関の外で、自分達が第一発見者に!? とドキドキしていた。

 

「おばちゃん!聞こえる?」

「香典のお礼持ってきました!ありがとね!」

「おばちゃん!おばちゃん!!」

 

母親の声ばかりが響く。

「おばちゃん、誰かわかる?おーい!」

「ああ〜〜〜?誰かねえ〜〜〜?」

おばちゃん生きてた!!!よかった!!!!!!!

 

おばちゃんは、耳だけでなく足も悪いらしく、声をかけてもなかなか気づかないし、横たわったまま動かず母親と噛み合わない会話をしていた。私も挨拶と香典のお礼を言うと、

「あんただれ〜〜〜?娘さん〜〜〜?んまーお母さんの若い頃そっくりやね〜〜〜」

と、幼い頃から100人中100人に言われ続けてきた私の顔への感想を告げてくれた。

 

とにもかくにも、生きててくれてよかった。

足が悪いから落ちた超熟も拾えなくてそのままだし、家の周りの手入れが行き届かなかったのか。

 

胸を撫で下ろしながら本家のおばあちゃんにも帰りに分家のおばあちゃんに会えたことを伝えて挨拶して帰ることにした。

「そりゃよかった〜耳が遠いからね〜」

とニコニコ笑うおばあちゃん越しに、ズボンを履いていないおじいちゃんが椅子に腰掛けて来客を全く気にせず電気シェーバーで額をバリバリ剃っているのが見えて、老老介護暮らしを垣間見た。

 

母親によると、分家のおばちゃんも、本家のおばあちゃんもおじいちゃんも、80代後半か90代。約1世紀もの時間のほとんどをこの場所で過ごしてるということだ。

結構な広さのある土地持ちのこの一族、子供たちは別の場所に家を建てて移り住み、そこから老人たちの様子を見に通っているそう。

遠からず、私が父親と見たこの景色がなくなる。

改めてそう実感すると、忘れていた場所に誘ってくれた「コンパクトなようで満遍ない田舎の人間関係」は悪いものでもないな、と思った。

2023年に00年代の風前の灯のような書き込みを追うのは大仕事

大好きな伯父が入院したのでお見舞いに行って来た。

自宅療養を続けていたけど地元駅の、でもバスで行かなきゃ行けないような山の中の病院で療養することになったというので、伯母に「あっちの道に行けば緑山スタジオだよ」と鶴川観光案内されながら伯父に会いに行った。

 

伯父の話はさて置いて。

鶴川の病院というフレーズに私の海馬がムズムズと反応する。

病院……というか、療養所的なニュアンスの……なんだっけ、なんだっけ???

 

あっ、鶴川サナトリウムだ! え? 鶴川サナトリウム? なんだっけそれ???

なんか怖い話だったような……。

 

記憶の扉の立て付けが悪くて全然思い出せないのでググってみたら、2001年ごろに2ちゃんねるのオカルト板に立ったスレッドのタイトルだった。

その時は私も流石に知らなくて、その数年後に同じタイトルのスレッドが立って、それをリアルタイムで見てザワザワしていたような気がするのだ。

まとめサイトはすでになくなっていた。これぞデジタル油断。インターネットは永遠ではない。

 

2ちゃんのログがあったので、流し流し追っていると鶴川をめちゃくちゃオカルティックな街扱いしていて面白い。

あんなにのどかな街なのに、不穏なオーラ漂うやばい場所のように思えてくる。オカルトフィルターパワーはすごい。

 

それで結局、鶴川サナトリウムって何だったのかというと、2001年〜2006年くらいの長期に亘ってスレッドが立っている話なので、頑張って読むの気力も時間もないからわからない。

鶴川サナトリウムってなんだったのか、覚えている人がいたらざっくり概要を教えてください。

古米、精米、新米

訳あってうちには全然おいしくない米がまあまあな量、長いことある。

うちの炊飯器は意味もなくちょっといいやつを使ってて、適当に炊いても美味しく炊けていた。その米を炊くまでは。

どんなに水加減を調整しても表面がベチョッとしてるくせに、パサパサもそもそしてほんとうにおいしくない。炊き立ての米がこんなに美味しくないなんて! とびっくりしたくらいおいしくない。これを冷凍なんてしようものならえらいこと。いわゆる古米なんだと思う。

海原雄山にうっかり出そうものなら飯茶碗を投げつけられて即クビになるようなご飯が炊き上がるのだ。

 

しかし私は海原雄山ではないので、この大量の古米をどうにか美味しく消費できないか試しては、美味しくないご飯が炊き上がり、無駄カロリーを摂取する日々が続いた。

 

ちなみに古米を美味しく炊く方法とされるもので色々試した結果は以下の通り。

 

日本酒を入れて炊く→イマイチ

酢を入れて炊く→イマイチ

昆布を入れて炊く→イマイチ

米油を入れて炊く→さすがコンビニのおにぎりなどに使われる技なだけあって、これはまあまあよかったけれど、ふっくら炊き上がったがお茶漬けなどにした時油が浮くのがちょっと気持ち悪い。

 

料理法としてはお粥にするか納豆チャーハンなど米そのものを調理して誤魔化すのがマシな感じ。でもお粥だと米の減りは牛歩である。

 

Twitterでも古米をどうしたらいいか、とツイートしてみたところ「大根を炊くときに使う」という案をいただいたが、米の研ぎ汁で大根を炊く派の私としては「大根を炊いたあとその米って捨てるの??」と、どこまでも米を棄てることになんだか抵抗がある。

なぜこんなに米を棄てられないのかというと、おそらく日本昔ばなしとか漫画日本の歴史を読んで育ったので、米がいかに貴重なものか、DNAに植え付けられてしまっているからに違いない。日本昔ばなしは大体貧しめの庶民農民が登場してにぎりめしなどをムシャムシャ食べるので、白米=ありがたい食べ物になってしまっているのだ。

それにしてもアニメの日本昔ばなしのご飯を食べるシーンってなんであんなに美味しそうなんだろうか。

 

そうやって5ヶ月ほど耐えていたけど、とにかく米を食べる気がしなくて家で滅多に米を食べなくなってしまったいたけれど、先日、どうしてもツヤツヤのお米に納豆を載せて食べたくなって、とうとうお米屋さんで2kgだけ新米を買いに行ってしまった。

お米屋さんは品種を指定するとその場で精米してくれて、雑談しながら待っている時に、そうだ餅は餅屋、米のことは米屋に聞けばわかるかも!と

「うちに大量の古米があって美味しくなくて困ってるんですけど、美味しく炊くコツってありますか?」

と聞いたところ

「うちは精米するから古米ってよくわかんないんだよね」

とのことでした。もっともだ。

 

精米仕立ての米を抱えると、子猫のようにあったかくて名前をつけてかわいがってしまいそうになるくらい愛おしかった。

大口内炎ができてわかったこと

ここ数年、私の文章離れが著しい。

曲がりなりにも言葉を扱う職業の一端にいるのに、大丈夫なのか。

SNSの普及で一億総ライター時代ともいえる今なのに! 圧倒的に昔より読まなくなった。単に紙離れとかではなくて、WEBの記事の文章なんかも妙に目が滑る。

これって老化現象なのかなんなのか。いや、お年寄りだって読む人は読むし、自分の問題なんだと思う。

仕事に関するもの以外の文章を読んだり書いたりしなくても、まあ別によくない?と何でも受け入れてしまう自分に甘い自分が脳内で開き直る。好奇心が減少しているのだろうか。

 

40歳にもなるとそりゃ若い頃とは違ってきて当然かもしれないけれど、あまりにも忘れっぽくなったし、ちょっと前のこともすごく昔のことも、記憶がぼんやりしている。

入ってくる情報がきめ細かい濾紙で濾されているかのように断片的にしか残ってないことが増えた。こわ。

記憶の記録、思考の整理のためにもアウトプットしておいた方がいいな〜と思い立ち、リハビリ的に文章を書いてみることにした。

 

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このブログは本当に思いつきで作ったので、URLの決め方も思いつき。

今人生最大の上顎火傷をしていて、ベロベロになった皮が剥け、傷口が剥き出しの状態で3日目を迎えたので「kounaien-itai」に決めた。

この大火傷は私のがっつきとつまらない見栄のせいでできたものだ。

 

その日何も食べてなかった私は、お腹ぺこぺこでエクセルシオールカフェに入ってなんか食べてから仕事をしようとしていた。矯正中でものを齧りにくいので、パン類以外…あっ、ハンバーグドリアとかそんなしっかりしたメニューがあるの?いいねいいね、こってりしたもの食べたい気分〜と意気揚々とオーダー、数分後私が座るテーブルカウンター席に運ばれてきた。

早速いきおいよくハンバーグとホワイトソースと雑穀米をバランスよくすくってほおばったその瞬間、地獄の業火のごとき温度が私の上顎を襲撃。エクセルシオール飯だと思って油断したけど、口から一旦避難させるべき摂氏だった。

しかし、他の店もそうであるようにテーブルカウンター席には透明のアクリル板の衝立がされてあるのだが、向かいに座るサラリーマンはPCのモニターを見ながら何かオンラインミーティングらしきことをしていた。絶対にその人に気づかれたくない。今見てこそいないが、私に派手な動きがあったら間違いなく気づかれてしまう!はずかしい!

なるべく表情筋を動かさないように、そしてこの食べ物別に熱くないし!という風を装って鬼の摂氏ドリアをパクパク食べすすめたのだった。

 

その数分後にはたちまち私の上顎の皮は膨れ上がり、べろんと剥けて、その皮を舌で触っては「はだしのゲン」(今話題ですね!)の指先から皮を引きずりながら歩く被爆者の絵を思い出していた。

 

そんな生上顎を持っている今、食べてみて悶絶したものを書き留めておく。

 

まずピーナッツチョコレート。チョコレート中毒の私はほぼ毎日ピーナッツチョコを食べているのだけれども、翌日食べたこれがとんでもなく痛かった。

派手に転けて皮がずる剥けになってほぼ生肉になっている膝をついて砂利道を前進しているようなものだもの。我ながらなんて的確で想像しやすくて怖い例え!

 

あとサラダもなかなかやばかった。キャベツの千切りとドレッシングによる生肉のいたぶり方がなかなか残酷。

 

それから梅干しとらっきょう酢で漬けた漬物。酸っぱいものなんて刺激でしかないのだから当然滲みるに決まっている。どのくらいな惨劇が起こるか試しに食べてみた。梅は完治するまで絶対無理、というハルマゲドンレベルの滲み。漬物は滲みて痛いのだけども、悶絶してるのだけども、汗をかいてるくらいなんだけども「今のほんと?」となぜか一枚、もう一枚と食べて病みつきになりかけてしまった。

めちゃくちゃ痛いだけで特に気持ちよさはないので試したい方は自己責任で。

 

こんな盛大な口内炎ができて、食欲減退して痩せちゃうかも!と喜んでいたけど上記のようなよくわからない好奇心でついついいつもよりものを食べてしまっている。

 

あ、あるね好奇心。減少してない。よかったです。